大阪市街景 あれから10年
大阪一丁目1番地「新喜多東」
10年経ても殆ど変わらない下町です。
この辺りの「新喜多」町名は1960年代の大阪市町名変更に遭わずに残っています。「新喜多」という町名は江戸時代に名付けられた地名です。
江戸時代の1704年(宝永元年)の大和川付け替え後にできた旧大和川跡の土地を開墾して新田を作りました。
そのため地名を新田開発に貢献した3人の鴻池新十郎、鴻池喜七
、今木屋多兵衛の名前を一字づつ取って
新(新十郎)+喜(喜七)+多(多兵衛)= 新喜多
と名付け、当初は 「新喜多新田」 と呼ばれていました。(ネット情報から)