2024/01/07

TIPAアートプロデュース2024 写真展「VIEW OSAKA 記録の街」

 TIPAアートプロデュース2024 写真展「VIEW OSAKA 記録の街」

東松至朗 写真展案内DM




配布フライヤー表

配布フライヤー 裏


         詳細は https://tokunaga-photo.com/  「プロジェクト」をご覧ください。

2023/10/10

赤茄子光画館 VIEW OSAKA Series Linked List




東松至朗写真集/TOMATSU SHIRO PHOTOBOOKS

Linked List


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東松至朗写真集「View Osakaシリーズ」所蔵機関リスト 
TOMATSU SHIRO PHOTOBOOK ARCHIVES INSTITUTION LIST
https://viewosakatowns.blogspot.com/2018/10/view-osaka.html



VIEW OSAKA #1「THE DOME」


VIEW OSAKA #2「RIVERS」
VIEW OSAKA #3「HOUSES」 


VIEW OSAKA #4  OSAKA 1-CHOME 1-BANCHI
「大阪一丁目1番地」

VIEW OSAKA #5「REMNANTS 1926-1989」
「昭和残存」 
https://viewosakatowns.blogspot.com/2019/03/remnants1926-1989.html
        2019年4月29日出版           


『VIEW OSAKA #1~#4』四部作シリーズ/View Osaka Series
https://viewosakatowns.blogspot.com/2016/01/viewosaka-tomatofoto-house-dome-isbn978.html


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VIEW OSAKA Series 紹介記事
Introductory Article

新聞記事 Newspaper article
http://viewosakatowns.blogspot.com/2017/11/blog-post_28.html


「VIEW OSAKA 大阪・ドーム物語」展 

日建設計東京ビルギャラリー
Nikken Sekkei Tokyo Gallery
http://www.nikken.co.jp/ja/archives/ndvukb000001e2dz.html
 
徳永写真美術研究所(TIPA)
https://blog.goo.ne.jp/tipa-y/c/486e51ab1013501956744939e4eca266



2023/10/09

昭和残存 皇紀2600年記念 大阪市内の国旗掲揚塔/掲揚台


昭和15年頃、皇紀2600年(皇紀二千六百年)を記念して
日本の各地に国旗掲揚塔が建てられました。

町や村の住民の多くが賛同しての建立の様です。
建立時期は殆どが昭和15年で
日付も2月11日建立が多いです。

大阪市内では大阪大空襲に遭わなかった地区や
再開発から逃れた街角に国旗掲揚塔が残っています。
 
戦後GHQから文句が来ないよう早々に撤去したという話も聞いたこともあります。

尚、昭和41年(1966年)に2月11日を「建国記念の日」として、
国民の祝日になっています。

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天王寺区
南河堀町

正面


右支柱に「南河堀町會」、左支柱に「皇紀貳千六百年記念」と彫ってあります。
当時の掲揚棒が残っています。



背面

何も彫ってありません。


左側面


左側面には何も彫ってありません

右側面


昭和14年12月吉日 寄贈 木村幸介 と彫ってあります。




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西区①


 裏面にここまで浸水したと昭和9年の洪水記録が有りました。


裏面 

この掲揚塔は2019年夏、マンション工事で撤去されました。



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西区②

薩摩堀公園の国旗掲揚台

正面

この国旗掲揚台は大きくて存在感があります。


 「八紘一宇」の揮毫は陸軍中将 岩松義雄と彫られています。

岩松中将は歩兵第21旅団長、台湾守備隊司令官などを歴任し、1937年8月、陸軍中将となった軍人ですが、大阪市に特段の由縁はないようです。


背面

背面には「廣教部内各會」が昭和15年11建立と彫られています。

やはり皇紀2600年記念で建てられたのでしょう。

戦前あった明治・広教・靭の尋常小学校が

戦後校が合併して明治小学校 となっています。

この広教尋常小学校の部署関係者が「廣教部内各會」

の名目で建立したようです。


前方右側

上部に太い旗竿が立てられるように丸い穴が開いています。


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西区③

京町堀公園

正面
右側支柱に「皇紀」ではなく「紀元二千六百年」と彫られています。
左側支柱に「奉祝記念」とあります。

ゴミ置き場の目印になってる?


右側側面

京通一町会と彫ってあります。

左側側面

「昭和十五年二月十一日建之」と彫られています。

背面
現在の町名表示か貼られています。
ちょうど都合がいいんでしょうね。

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生野区①
 正面
何故か、鉄兜を被った日本兵の面影?


 裏面

背面左側支柱にに「皇紀二千六百年記念」
右側支柱に昭和14年2月建立とあります。


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生野区②

正面


右側側面

旧腹見町三丁目

昭和15年2月11日建立と記載されています。

背面にはかっての掲揚塔旗竿の残差が残っています。

旗竿上部は切り取られたようです。


正面左側

どうしてもごみ置き場の目印になるようです。


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西成区

地域の小さな歴史的遺構です。


建立された頃の記憶が薄れてしまうと・・
ゴミ集積場の目印?
2018年の様子です。



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大正区
大正橋公園
旧三軒家浜

1/4程埋まっています。
正面以外文字は彫られていません。


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東住吉区①
西今川

正面左側


正面
「皇紀」ではなく「紀元二千六百年記念」と彫られています。
町名は旧北田辺で現在の西今川です。

国旗掲揚塔竿は左右の支柱に立てられていました。
左右の側面に金具の穴が確認できます。



背面


背面右側の支柱に昭和15年4月3日建立とあります。


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東住吉区②

北田辺


正面全景



正面

彫った文字にセメントが埋められています。
無かったことにする為に戦後セメントで塞いだのかもしれません。
が、よく識別でき読めます。



左側側面

昭和15年2月11日建之と彫ってあります。
この面の文字はセメントで埋めてありません。




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東住吉区③
平野西之町 現杭全

一本仕立てのようですが。。。
背面、側面に建立年月日が見当たりません。
元々二本仕立てで、建立年月日が彫られた
左側支柱が無くなったのかもしれません。

正面全景



左側側面


正面左側面には穴が二つありますが
文字は彫ってありません。



右側側面

右側には「平野西之町東部 町會」と彫ってあり、
穴が二つあります。



左側側面と背面

背面も左側側面も文字は彫ってありません。



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中央区①
 北久宝寺町

大阪市の中心部「船場」の国旗掲揚塔です。
珍しく現役です。

正面

正面右側には「皇紀二千六百年記念」 北久宝寺町1町会
左側は昭和15年紀元節建之と彫られています。

皇紀2600年記念と昭和14年の彫は黒く塗られています。
紀元節建之は赤く塗られています。
北久宝寺町には赤も黒も塗られていませんが町会には黒く塗られています。

設置状態から20センチ以上埋もれているようです。



全景

珍しく支柱の間にアルミ製の国旗掲揚棒があります。
今も現役のようです。
相当高いのは電線に日章旗が触れないよう配慮しているのでしょう。
旗日に再訪してみたいと思います。



背面

背面のポールには寄贈清水建設株式会社と記されています。
ウイキペディアによると清水建設は、歴史的な経緯から、
伝統的な神社建築寺院建築にも豊富な実績を有しているそうです。
そんなことでマンション建設時に金属ポールを寄贈されたのかもしれません。


追記
令和3年2月11日 建国記念の日
あれから81年、現役です。


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中央区②
旧京橋 現北浜東

正面

皇紀二千六百年記念の添書きに
「久良岐組」寄贈建設と彫られています。


背面

背面には「京橋三丁目町内会」と「京橋三丁目青年団」と彫られています。
現在は町名が変わり「北浜東」となっています。


頂上部

本来国旗掲揚棒(ポール)を嵌めるところに木が生えています。
多分、鳥が種を運び成長したのでしょう。




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住之江区
旧住之江 現西住之江


南海電車高架下
三宝地蔵尊

全景

写真左端に国旗掲揚塔支柱が見えます。
ここの表示は「皇紀」ではなく「紀元二千六百年」と記されています


前面


紀元と二千の間と記念の下に穴の跡があります。
穴の状態から支柱二本構造ではなく支柱一本仕立てだと思います。
背面に置いた国旗掲揚棒を支えていた金具通し跡のようです。



左側面

昭和15年11月と彫ってあります。


右側面

右側面はお不動さんの台の支柱になっています。
右側面に住之江三丁目町会までは読めます。
更にその下はお不動さんの台座で隠れて確認できません。


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都島区①
都島本通

都島本通の国旗掲揚塔は一本の支柱構造です。

正面
横書きですが、右からでなく左から「皇紀」、
縦書きに「二千六百年記念」と彫られています。
右から「紀皇」と読む?


正面二ヶ所に背面貫通の穴があります。
国旗掲揚棒を固定するための金具用の穴です。


背面


背面基に四角い掲揚棒の軸受け礎台があります。
背面には何も彫られていません。



左側側面


都島本通八丁目町会
昭和15年2月11日建設と彫られています。

尚、右側側面は何も彫られていません。



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都島区②
北區相生町 現片町

二本支柱で掲揚棒を留める金具も残っています。
が、建立年月日が見当たりません。

正面



背面
背面、側面には何も彫ってありません

背中合わせに「のだばし址」の石碑があります。




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阿倍野区①

聖天山公園

正面


左側支柱に「清交乗馬倶楽」まで読めます。
多分「寄贈」とかの文字は埋もれているのでしょう。



背面

背面には何も彫ってありません。
掲揚棒固定金具が確認できます。



右側面

「皇紀」ではなく、「紀元二千六百」まで読めました。
おそら「記念」の文字は埋もれているのでしょう。



左側面

左側側面に何か彫ってあるように見えますが
掲揚棒固定金具の錆が流れていました。

この国旗掲揚塔には設置年月日が見当たりません。



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阿倍野区②

松崎町 常盤公園

正面
支柱はセメント製で銘板がはめ込まれています。

左支柱に「皇紀二千六百年記念」、
右支柱に「天王寺町寿町會建之」と彫られています。
設置年月日は何れの面にも彫られていません。


背面



左側面



右側面
横に三本の掲揚棒固定金具用の穴が空いています。




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住吉区
万代池公園

正面に堂々と「八紘一宇」と彫られています。


石碑のようですが多分「紀元二千六百年記念」国旗掲揚塔です。
どこにも「皇紀」あるいは「紀元二千六百年記念」が記されていません。

正面

基礎のセメント部分が露出しています。
そのせいか若干左に傾いています。



正面の「一」の字の彫り跡にセメントが埋められていたようです。


背面


背面には掲揚棒が嵌まるように下から上まで丸溝が彫られています。
上部と下部に掲揚棒を支える金属金具の穴跡があります。




背面下に掲揚棒を置く円形窪みがあります。
円形窪みから相当高い掲揚棒のようです。



右側面

「神一耕地整理組合建之」と記されています。



左側面

「紀元二千六百一年」と彫られています。
紀元2600年に間に合わなかった?




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東淀川区
瑞光

正面

皇紀二千六百年記念と彫ってあります。

上下二ヶ所に掲揚棒固定金具用の穴があります。
この国旗掲揚塔は一本仕立てでしょう。

背面は何も彫ってありません。
設置年月日が記されていません。

設置場所を確認すると個人のお宅の敷地に建てられています。

正面右側


右側側面には寄贈者と彫ってあり9人の名があります。



正面左側


発起人と彫ってあり、2名の名前があります。


基礎


もともと近くの別のところに設置されていたのが
個人のお宅の敷地に移築されたのかもしれません。

黒い線はアスファルトの黒がしみ込んだようです。
おそらく黒い線のところまで埋まっていたのでしょう。

背面の欠けたところも補修してありました。




******番外******

東住吉区

松崎町榎神社

昭和17年建之なので昭和15年、皇紀2600年記念の
国旗掲揚塔ではありません。

正面
支柱右側は昭南島改稱記念と彫られています。
支柱左側は昭和17年3月10日建之と彫られています。

日本軍がシンガポールを占領したのは1942年
昭和17年2月15日で
占領後シンガポールは「昭南島」と改称し、
その記念で国旗掲揚塔が建てられたようです。

ウイキペディアによると、昭南島は「昭和時代に獲得した南の島」の意味だそうです。


前景


背景

背面には何も彫ってありません。
設立団体名は不明です。

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中央区
日本橋北詰
道頓堀を掘った安井道頓の記念碑「贈従五位安井道頓安井道卜紀功碑」の横に
「皇紀二千六百年記念」の碑があります。

正面
「皇紀二千六百年記念」
添書きは「大阪市長坂間棟治書」と彫ってあります。

左側に映りこんでいるのは関取「道頓関」像だそうです。
どうも実在した関取ではないようです。


背面


背面の様子、側面のヒビ割れ目からセメント造りで
正面や側面に石板を貼った構造の様で、石碑ではないでしょう。

正面石板以外に文字は彫ってありません。
何時建立なのか、誰が設置したのか不明です。
この石碑の横に「国旗掲揚塔」が有ったのかもしれません。


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此花区
澪標神社境内

柵の中にあり、直接確認できておりません。
おそらく「国旗掲揚塔」だと思います。
2023年4月17日撮影







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港区
三社神社

国旗掲揚塔ではありません。
横に国旗掲揚塔があったと思います。