2022/09/08

昭和残存 大阪の共同井戸(1)

大阪市内の空襲に遭わなかった下町には木造集合住宅が沢山残っています。
古い大正・昭和の面影を醸し出しています。

そして、結構の数の共同井戸も残っています。


  多くの共同井戸はお地蔵様がセットの様です。

かって、大阪のおばさん達の井戸端会議場だったのでしょうか。



 トタン小屋の奥にお地蔵様が祀られています。

井戸の上にお地蔵様が祀られていたようですが・・・


最近見かけた共同井戸は、荒地に井戸だけが残っていました。
 井戸の右側にお地蔵様の祠がありました。
この荒地の共同井戸も現役で水が汲めることから今後どうなるのでしょうか?
2020年12月現地に行きました。
更地には建売住宅が軒を連ねていました。
井戸は痕跡も視ることができませんでした。



余談ですが、空襲に遭わなかった下町には結構古い共同井戸が残っています。
上水道下水道が完備された今、ある意味無くても困らないと思うのですが・・・

しかし、この共同井戸の使用権利(水利権?/入会権?/生活権?)はややこしく、簡単に撤去できないようです。

  道を塞ぐ様に井戸が残っています。


2021年2月に見かけました。
画家「佐伯 祐三」が生まれた町です。
井戸の中には水はありませんでした。


水道がダメになった時用に保存?


大阪市中心部西区の下町で
大阪大空襲に遭わずに済んだ中心部の下町にありました。
卍字の台は元お地蔵さまが祀ってあったのでしょう。





2022/08/13

大阪市街景 昭和残存 安治川河底の隧道

 大阪市街景    昭和残存

安治川河底の隧道
2022年8月13日撮影 




南口

北口

日本初の沈埋隧道「安治川隧道(トンネル)」
隧道(トンネル)は安治川の河底を横断し、大阪市此花区と西区を結ぶ延長80.6mの歩行者・自転車専用トンネルです。 現在も多くの歩行者が利用しています。
戦時中の昭和19年9月15日に竣工した。
完成当時の安治川隧道は、両岸に歩行者用エレベータ、車両用エレベータ各2基と歩行者用階段を備えていました。
昭和52年に車両の通行は中止となりました。
写真は車両用エレベーターの南口と北口ですが今は閉鎖されています。
写真に写り込んでいる鉄橋は「阪神電車なんば線」です。



2022/04/30

あれから10年 新木津川大橋

 大阪市街景    あれから10年

新木津川大橋
大阪市内の人が渡れる最大の橋です。

10年前、あべのハルカスはまだ建設途上でした。
2012年5月12日 15:53



2022年4月30日 16:20
溶鉱炉(転炉)が撤去され物流センターに代わりました。



2022/03/20

あれから10年 虹を望む大阪市の工業地帯

 大阪市街景  あれから10年

大阪市は商業都市がメインのイメージがありますが

市内に多くの工場が稼働しています。

10年前綺麗な虹が掛かっていました。

2012年3月31日  15:31

10年後、虹をもう一度見られるかと下調べに行きました。
残念ながら工場は拡張され同じ所からの虹を望むのは無理のようです。
2022年3月16日  15:01

2022/03/08

大阪市街景 昭和の残渣 「大正内港」

 大阪市街景   昭和の残渣

大正内港桟橋の大型クレーン台座
2022年3月8日  15:08

相当に大きいので砲台跡かと思ったのですが、
大型クレーンの台座跡のようです。

今では、大型クレーンを必要とする重量貨物は大阪南港が担っています。

2022/02/20

あれから10年 なみはや大橋からの眺望

 「なみはや大橋」から「大阪ドーム」と「大型水門」眺望

2012年01月30日 15:36


2022年02月09日 15:38
赤白の煙突は大阪市環境局の煙突でした。

なみはや大橋から「アベノハルカス」の眺望
2012年1月30日 15:46


2022年1月28日 15:06
千歳橋手前に見えた4階建ての市営住宅は高層の住宅に建て替えられました。
10年前「あべのはるかす」は中間までの建設途中のようです。


10年前、三脚を立てて撮影しようとしたのですが、「なみはや大橋」はとてもスマートで良く撓るのかトラックが通るたびに縦横斜めに揺れ三脚は役に立ちませんでした。
10年後も手持ちで撮影しましたが、当然ですが体ごと揺れ欄干に体を預けても意味がなく、ピント合わせが上手くできません。

南港からみた「なみはや大橋」
2022年2月20日
見た目は華奢な感じがしますが、頂上部で「く」の字型に曲がっているので構造的に安定しているそうです。歩道が片側にありますが、よく揺れます。


2022/02/12

2022/01/23

あれから10年 製鋼所の煙突

 大阪市にある製鋼所の煙突

2012年1月06日 11:36



2022年1月20日 14:31


大きな製鋼所。電気炉が休止した為か煙突が消えたようです。
モノづくり日本、大丈夫かな?
赤白の煙突は隣接する清掃工場の煙突です。

2021/12/29

昭和残存 ニッパー君『His Master's Voice』

昭和30年代40年代、とても賑わった大阪下町の商店街。

近隣に出来たショッピングモールや通販で、何時しか商店街の多くのお店はシャッターをおろしたままになりました。

そんなシャッター通りの一画に、古い雰囲気を漂わす電気店が開いてました。

多分、犬の平均寿命を何倍も上回る年月を過ごしたニッパー君が静かに店先に佇んでいます。

なんとなく肩のライン、眼差しが気になります。



蓄音機は置いてないのですが、ニッパー君はどこからか聞こえてくる

『His Master's Voice』に一身に耳を傾けてるのでしょうね。

追記
2021年10月当地を再訪したらこの店舗は取り壊されていました。
ニッパー君は何処へ?

2021/10/23

あれから10年 「千歳渡船場」

 大阪市街景  あれから10年

大阪市市営無料「千歳渡船場」

2011年10月21日 15:08


2021年10月22日 14:26



10年で何が変わった?
大阪市営の施設に日章旗が常時掲揚されるようになりました。
タワー型の渡船案内が無くなりました。
立派な歩道付きの千歳橋があるのに、渡船は廃止になりません。

2021/09/30

あれから10年  十三大橋から視た梅田茶屋町界隈

 

淀川十三大橋から視た梅田茶屋町界隈

2011年9月24日 十三から十三大橋越しに視た梅田茶屋町方面です。

10年前の高層ビルと言えば34階建の「ホテル阪急インターナショナル」と

お洒落な28階建の「ピアスタワー」の二棟が目立っていました。



2021年9月23日 10年前と撮影位置が違いますがほぼ同じ角度かな。
随分たくさんの高層ビル、マンションが建ちました。



2021/08/15

昭和残存 三階建店舗付集合住宅

 

三階建店舗付集合住宅は一階が店舗で2階3階が店主の住居でした。
昭和40年代、1970年大阪万博開催の頃によく建てられていたと思います。








木・鉄骨造昭和52年(1977年)建設








「表側」

「裏側」



レンガ壁ビルのように見えますが、別々の建物です。
黒い線のような隙間があり、奥まで見えました。



昭和30年代に建てられた三階建店舗付住宅
一棟を棟割り店舗として建てられている様に見えますが、
一店舗毎三階建で同じように建てられています。


2021/04/12

VIEW OSAKA 中山製鋼所の10年

 大阪市街景・・・あれから10年

重厚長大産業の代表選手であった中山製鋼所が現代の第三次産業の物流倉庫と選手交代のようです。
2011年4月29日 



2021年4月11日


かって、ハリウッドの大作映画「ブラック・レイン」の撮影が、1988(昭和63)年11月13日から19日まで、写真右側の転炉工場で行われました。高倉健, 松田優作,内田裕也などハリウッドスターと共演してました。

今では、映画「ブラックレイン」の撮影にも使われた製鋼所の心臓部転炉工場が、今風の巨大物流倉庫に変身しました。

産業構造の変化で製鋼産業は大変な時代だと思いますが、大阪を代表する企業として発展を期待したいです。


2021/03/21

VIEW OSAKA あれから10年 千日前(裏なんば)


千日前界隈を今では「裏なんば(裏難波)」と言うそうです。

「裏なんば(裏難波)」は難波駅の東側に位置し、北は千日前から南はなんさん通り、東は黒門市場から西は高島屋あたりまでの界隈を指すそうです。

「裏なんば」には数多くの居酒屋が立ち並んでいます。

10年前の写真を見ると多くの店の「突き出し看板」等が街を猥雑にしているようです。

2011年4月4日

「突き出し看板」規制が強化さ、10年後の写真では随分街がスッキリしたように見受けられます。
大阪独特の猥雑さが少しづつ消えていくのでしょうか。

2021年3月18日

2020/10/01

あれから10年 マンションのベランダ変遷

1968年7月に完成した高層住宅(マンション)の写真。

ベランダは鉄柵造りで加重軽減を図っている設計のようです。

簾などの目隠しが無いと窓全体が望めます。

2010年3月28日撮影時から、満10年後の2020年3月23日撮影時と比べると両者に変化が無いように見えます。

10年の間に住人は10年歳を重ね、あるいは転居・転入があったのでしょうか、ベランダの様子が微妙に変化しています。

子細に眺めると湯沸かし器が換わり、外壁は塗り替えられています。

一年前の大型台風でプランターを撤去したのかベランダが片付いているように思えます。

ベランダは居住者の夫々の生活を反映してます。


2010年3月28日撮影


2020年3月23日撮影




2020/07/31

大阪市街景  OVER TIME ... DECADE(あれから…10年) 商店街

 大阪市街景 商店街

OVER TIME ・・・DECADE(あれから…10年)

2010年11月28日 16:24



2020年06月26日 15:26 


10年の時間経過は誰にも公平です。

商店街では閉店した店のシャッターに「貸店舗」「売店舗」の掲示があると、まだ商店街再生の可能性があると思います。

再生臨界点を越すと不動産屋の掲示も無くなり、商店街は役目を終えるのでしょう。

建屋が空家のままとか、建屋撤去された後空き地のままでなく、新しい住宅が建ち新しい住人が住むのは街に良いことだと思えます。