2015/12/21

北区 阪急百貨店と大阪富国生命ビル

阪急百貨店うめだ本店と大阪富国生命ビルとの間の横断歩道。

殆どの人が左から右へ・・・・





右から左へ移動する人は??

それに、シマシマに直角に渡る人がいません。

2015/12/17

福島区 大開

松下幸之助は、1917年6月大阪東成区でソケットの製造販売を始めました。

そして、翌年の3月に福島区大開二丁目で法人「松下電気器具製作所」を設立しました。

言うなれば、大開二丁目は「PANASONIC」創業の地のようで、記念碑もあります。

PANASONICに入社した新入社員の皆さんは創業地訪問はされるんでしょうか?

写真は大開一丁目の交差点ですが、真ん中の信号機の上部に「野田阪神前」の表示が掲げてあります。



交差点名は住所表示と違って、地名町名に限らず広く認知されている表示であればどんなんでも構わないようです。

なんですが「野田阪神前」という表示は少し変だと思ってます。

確かに、大開一丁目の向かいは阪神電車「野田駅」ですが、「阪神野田駅」でも「野田阪神駅」でもありません。

そして、地下には大阪交通局地下鉄千日前線の駅があります。

この地下鉄の駅名がなぜか地下鉄「野田阪神駅」です。市営なのに・・・

そもそも、写真の場所の「大開」の近隣町名は「海老江」、「鷺洲」そして「吉野」で、町名
の「野田」は結構遠く離れているんですよ。

大阪市福島区大開で

2015/12/15

【浪花光画図録 福島区野田】



大阪市福島区の町名は7つしかありません。

隣の北区には54の町名、天王寺区45、中央区にいたっては73もの町名が有るのに福島区はたったの7つとは・・・非常にすくないと思います。

写真は「野田一丁目1番地」です。

この福島区「野田」の町名は1975年(昭和50年)、9つ有った旧町名を纏めて新町名「野田」となりました。


これは、昭和50年「住所の合理化」の時、江戸時代、現在の福島区、此花区辺りに「野田村」が有ったことから夫々の町名継承を訴える住民をいなす為に「野田」を復活したのでは?と、勝手に想像しています。

それにしても、北区、中央区、天王寺区には「丁目」の無い町名が沢山有るのに。
「野田」は一丁目から八丁目まであります・・・・「丁目」多すぎません?

写真は福島区野田一丁目1番地にある大阪中央卸売市場です。



早朝の競(セリ)に向けた真夜中風景です。

2015/12/13

浪花光画図録 此花区梅町


「名は体を現す」と言います。

名前をつける時、「体」に相応しい名をつけるというのが名付け親の優しさだと思います。

大阪市此花区に「梅町」という町名があります。

地形は大阪港に突き出した所で、ネジを締める「レンチ」のような形をしています。
 

この「レンチ」の頭の辺りが「梅町」です。

ここは「梅」の産地で梅木がたくさん植わっています・・・・と紹介したいのですが、「梅町」の何処を探しても「梅」に関連するものが見当たりません。

目にするのは工場、倉庫などの工業系、運送系の建物ばかりです。
なぜ「梅町」と名づけたのか?

調べても分かりません。

ここからが、想像ですが・・・・

新しい土地に町名をつけることになり、町名を公募するにも住民もいないので此花区の区長さんや大阪市の偉いお役人がさほど深く考えもせず、隣町が「桜島」 であったので「梅島」でいいやんと事務方に指示したのを、事務方のお役人が聞き間違えて「梅町でっか?」「ああ~そんでもええわ」となんとなく決まったのではと。

桜島は人気のユニバーサルスタジオジャパン(USJ)がありますが、梅町に特段の名所はありません。



大阪市此花区梅町一丁目1番地で

2015/12/02

北区大深町 うめきた

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”あやかり”はちゃかっり自分のものにするズッコイけど憎めないイメージがあります。

その遠い昔、今のJR大阪駅近辺の地名は「深田(ふかだ)」と言われていたそうです。

その理由は、耕作に向かない低湿地というか沼地のような「深田」であったから。

この深田を埋め立てて耕作地になったので、暫く「埋田(うめだ)」と言われていた。

しかし、「埋田」は字面が悪いということで、近くの大阪天満宮の梅にあやかり、「梅田」というようになったようです。

現在も「深田」という地名の名残は「梅田」の北側、JR大阪駅の北側に「大深町」として残っています。

最近、大阪駅の北側を再開発して「グランフロント」という大きな商業施設が出来人気のエリアとなってきました。

そして、この人気エリアを愛称「うめきた」と呼ぼうと命名されました。

理由は「大深(田)」ではダサいので、誰でも知っているビックネームの梅田にあやかり、「梅田」の北側の意味で「うめきた」決まったそうです。

なんか、本名「大深田」芸名「うめきた」と言ったところでしょうか?



大阪市北区大深町1丁目1番地の「ヨドバシカメラ梅田店」

写ってませんがヨドバシビル裏がグランフロント地域です。

大阪市北区芝田

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”あやかる”に比べて“なりすまし”は何となく・・・・を感じます。

あくまで、個人の感想ですが(汗)

阪急電鉄「梅田駅」は大阪市北区芝田一丁目1番地2号が住所です。

住所は玄関・門が基準になるので阪急梅田駅は写真の所が玄関なんでしょう。

たぶん、「1番地1号」は道路拡幅工事で接収され、歩道になったのかな?

写真の真ん中辺りに、緑地に白抜きで「芝田一丁目 1」の住所表記が掲げてあります。

なので、駅にある商店街は「阪急一番街」?

しかし、なぜか、玄関壁に「阪急三番街」という看板が出ています。



この「阪急三番街」が出来たのは1968年の大阪万博の直前で、出来た時近代的なとてもお洒落な地下街でした。

最地下の食堂街には人工の川があります。

完成当時、ここは 丁目のない「北区小深町三番地」で、地名の「三番地」をもとに「阪急三番街」と名づけられたようです。

完成早々、ここ を訪れた私はまだ20歳、大阪万博が開催され、来るべき新しい時代を如実に感じたのを思い出します。

写真に写る看板のように、この阪急の駅はなぜか「阪急梅田駅」と呼ばれています。

「阪急梅田駅」南側にある阪急百貨店の「阪急うめだ本店」は「角田町」、「阪急梅田駅」は「芝田」・・・・・何処にも「梅田」に縁がないのに「阪急梅田」です。

昔、大ライバルだった阪神電車「梅田駅」は正しく「梅田三丁目」にあります。

ビックネーム「梅田」にあやかりたい、「阪神梅田」に対抗したい・・・一種の”なりすまし”?

阪神電車梅田駅開業:1906年

阪急電車梅田駅開業:1910年

尚、北区小深町は1970年代に町名変更で「芝田」になりました。

今の「芝田」の西隣町は「大深町」です。

大阪市北区 角田町

大阪市北区「角田町8番地」と聞いて・・・何を思い出しますか?

「あ~あそこね」と即答できるのは、不動産関係者の方か、角田町で働いている方ではと思います。

それよりも「え~角田町?」というのが殆どの方だと思います。

何故不動産関係者か・・・「角田町8番地/御堂筋」は「東京都中央区銀座5丁目/銀座中央通り」の次に全国で2番目に路線価の高い所です。

「角田町8番地」には「阪急百貨店うめだ本店」があります・・・なぜか「うめだ本店」です。

「かくたちょう本店」とすると路線価が下がるから?

それとも「梅田」に成りすましたほうが上がるから??

写真は「角田町1番地」です。「8番地」の反対東側になります。



右の茶色いビルB1階に「揚子江ラーメン」という細麺の美味しいラーメン屋さんがあります。

因みに、角田町は昼も夜も多くの人を見かけますが、ここに住民票を置いている住人はゼロ人だそうです。

2015/12/01

【浪花光画図録 中央区内久宝寺町】



大阪市中央区内久宝寺町一丁目の建物写真です。

たまたまこの建物は撮影されたのです。

というのも、私の勝手な個人的理由で撮影しないといけない撮影ポイントなので、結果としてこの建物が写り込んだ次第です。(汗)

この建物は公道から全方向眺めることができました。

撮影してる時、まったく感情移入するような建物ではありませんでしたが、この写真を見ていてとても疑念が涌いてきました。

ビルとしては、ごく普通の二階建ての建物です。

しかし、しかし・・・一階も二階も表も裏も右側も左側も窓という窓は鉄格子が設置されています。



玄関と左横側の非常口だけ鉄格子がありません。

そして住所表示板以外何の表示もありません。

中央区内久宝寺町一丁目は大阪でも閑静な高級住宅街です。

ここにこの様な建物は何の目的で建てられたか?

今のところ、何も分かりません。

此花区 夢洲 

大阪湾に浮かぶ埋立地「夢洲」には「夢洲中」「夢洲東」という町名があります。

ごく最近まで海だった所に「夢洲」は埋めたてられたので、町名「夢洲中」「夢洲東」はおそらく大阪市で最新の町名だと思います。

ここへ行くには、写真の右端に写ってる「夢舞大橋」を舞洲から渡る。

あるいは、咲洲(南港)から左端のガントリークレーンの所に繋がっている自動車専用海底トンネルの「夢咲海底トンネル」を行くことになります。

自動車を手放した私には、自前の二本足と自転車が唯一の近代的エコ自家用乗り物です。

先日、自転車で「夢洲」に撮影に行こうとしました。

勿論、自動車でないと行けない咲洲からの上陸は無理なので舞洲から入るはずでした。

家から巨大橋「此花大橋」を渡り、片道10kmを走りきり「夢舞大橋」に着きました。

立派な「夢舞大橋」には幅広な歩道も付設されています。

が、が、が、なぜか橋の入り口前に「歩行者・自転車通行止」の貼紙、そしてバリケードが設置されています。

渡橋不可を知って「超ムカ~! なんでやねん!!」

通行止バリケードを強行突破して侵入をも考えましたが「良き紳士、良き市民であれ!」という天の声で諦めました。

結果、写真は此花大橋から「夢洲」の遠望となりました。



船が接岸してるのが「舞洲」です。

この埋め立て地は2025年に大阪万博が開催されます。

此花区「夢洲」遠望